盛夏のSummer vacation(ジン×理人) 「あーぢぃー……」 「理人、それ以外に言うことはないのか。聞き飽きたぞ、いい加減に」 俺は風通しがいいはずの縁側の庇の下で、タラリとこめかみから頬に伝ってきた汗を拭いながら、何度目かの「暑い」を意味もなく口にした。 今日はなんだか暇らしい宮村は、俺の隣で薄手のシャツと見た目にも暑苦しいジーンズを穿いて、細かいところを突っ込んでくる。 「あちぃもんはあちぃの。何であんたは普通に長袖着れんのかわからない」 しかもオフでこんな格好してんのに、組長モードになるとクールビズも知らないらしいこの男は黒スーツにネクタイまでびしっと締める。長谷川さんまで同じときてる。 俺より暑い格好をしているはずの宮村はさっきから汗のひとつも掻いてない。汗腺は機能しているのかと本気で疑いたくなる。 驚き通り越して感心するよ、その汗腺コントロール。 「暑くても暑くなくても、服は服だろう」 「季節を無視するな。体にも悪いぞ、ソレ。しかも、じゃあ一体いつ半袖の洋服を着るんだよ」 「そういえば、持ってないかもしれないな」 ……こいつバカだろ。なぁ、バカとしか思えないんだけど。 半袖持ってないって、そりゃあ、長袖がなくても困るけど、普通長袖の下とかにも重ね着するだろ。むしろ今この状況は辛くないのか? 俺は宮村の新たな異常性を発見して、くらりと眩暈がした。 「よくあんた病気にならないよな」 「冬に半袖のままでいるよりは、大丈夫だろ」 「熱中症になるわアホ」 あぁ、怒鳴ったら汗がボタボタ落ちてきた……。 つーか、マジあり得ない。離れの冷房が壊れて明日まで使えないなんて。 今日は今夏最高の気温だって朝のニュースでお姉さんがニコニコしながら言ったときは、思わず箸を落とした。 そんな重要なことを笑って言うなよ! どうせあれだろ、あんたは冷房の効いたテレビ局内でどんなに暑くても快適に過ごすんだろ!? なーんて、ブラウン管の中のお姉さんに逆ギレしたって意味ないもんな。 そんなわけで、十分くらい前にアイスを持って母屋の中で一番風が吹いてくるこの場所を陣取ったはいいけど(宮村は勝手についてきた)、吹いてくるのは熱風で、じりじり照りつける太陽は庭に投げ出した足を遠慮なく焼いてくれる。 依岡兄弟は茶室で涼んでるし、数日前からここで夏休みを過ごしている拓海は冷房の効いた奥の部屋で、手持ち無沙汰の組員といつの間にか仲良くなって、今日も昼間から麻雀に興じている。 俺は麻雀なんてできないから、落ち着く場所を探して彷徨っているうちにここに辿り着いたんだけど。 これは間違いなく、奥の部屋にいた方がいい気がする。でも組員がうようよいて落ち着けないから、ここにこのままいるってわけだ。アイスなんて最初の数十秒でなくなった。 最悪としか言いようがない。部活は外でやるけど、この炎天下で日射病やら熱中症があるといけないからって、昼間はオフで夕方の四時から二時間だけの短時間練習になった。 それはそれで大変有難いんだけど、ここにいるより、学校の自習室や図書室にいた方がまだマシだと思う。 「あー、学校で涼もうかな……」 「駄目だ。何もないならここにいろ」 「って、言うと思った」 あっさり却下されて、反撃する気力もなくその場に大の字になった。 この前の里見の一件以来、宮村は俺をますます家の中に置きたがるようになった。一人の外出なんてもちろんさせてもらえない。 宮村の気持ちもわかるから、俺も文句は言わなくなったけど、さすがにこの環境は耐え難いものがある。 「…………あーもう暑いッ! 脱いでやる」 俺はこれでも結構薄手のはずのTシャツをがばっと脱いだ。 汗ばんだ体に空気が触れて、少しだけど気持ちいい。 「あー……ちょっと涼しい……」 もういいや。この格好で…………。 そう思ってまたごろんと寝そべった俺だけど、とても嫌な予感がして閉じかけていた目を開けて、じっと廊下の天井の木目を見た。 …………。 …………なんか、俺、あまりの暑さに何か大事な、というか危険なことを忘れていないか? すぐ真隣で不穏な雰囲気を感じて一瞬眉を顰めたが、それは気のせいだと思いたい。 すると、視界にぬっと宮村の影が入り込んできた。 「……あ」 やばい。 宮村が、目の前でものすっごく怪しい笑みを浮かべているよ。どうしたんだコレ。 本能的に危機を察知して慌てて起き上がろうとしたのを、宮村が上から押さえつけてきた。 あのー、目の色変わってますがどうかしましたか。 「それは、何かのプレイか」 「何のプレイだッ」 俺はただ暑さに耐えかねて上を脱いだだけっ! その行為のどこにプレイなんて要素が含まれているのか説明して欲しいんですけどね組長さんッ。 女はそりゃ、下着一枚になるから、さすがに誘ってんのかとか、普通にありそうなことだけど俺は男だ。しかもここは真昼間の縁側で、すぐそこには鯉が悠々と泳ぐ池があるんだぞ! 「理人が誘うなんてのも、新鮮味があっていいもんだな」 「誘ってないから! 自意識過剰もたいがいにしろよ変態! っ、あ、バカッ……何触って……!」 「何って……ナニだろ」 「て、め……っざけんな…」 俺はそんな寒い洒落を聞きたくて言ったんじゃねぇっっ! オヤジギャグセンスはマイナス百万点だっ。 しかも俺が脱いだのはTシャツなのに、何であんたはハーフパンツの中に手を突っ込む!? や、決して上を触れなんて言ってる訳じゃないけど。 暑くてだるくて、そんでもって押さえつけられて。 抵抗する気がますます萎える。 もういいや、こんな暑いのに、誰も縁側や庭には出てこない、いやでもここは真昼間の縁側だ、それは人としてどうなんだ、と短絡的な思考に常識的理性が反論していると、家中に「ジリリリリリリ」と、警報器のような音が響き渡った。 最初の頃は警報器が誤作動を起こしまくっているのだと信じて疑っていなかったが、実は一般の家で言うインターホン。 里見といい、宮村といい、性格や職業が一般的なものから外れていると、インターホン一つにまで何かしら認識のズレを生じてしまうのかと、思わざるを得ない。 子供の頃からアレだった、と聞かされたときは、だからこういう人間が育つのかと妙に感心したほどだ。 音に一瞬動きが止まった宮村は、それでも俺を押さえつける力だけは抜いてくれなくて、逃げることができなかった。 「まぁいい。誰か出るだろ」 「……そんなんでいいのかよ、組長ぉ」 「そんなのは下っ端がやるんだよ。……まぁ気にするな。続けるぞ」 「それは嫌だ」 気にしないことはいいにしても、続けるのはとっても嫌だ。激しく嫌だ。 だるい体に何とか力を入れるも、幾度となく触れられて、溶けそうなほどの快感を与えられている宮村の手は、触れるだけで俺の力を抜いていく。 冷静に思う。 あーもーやだー、と。 「やだー」 「高校生が『やだー』とか言うな。みっともない」 「こんなところで恥ずかしげもなく人を襲うことの方がよっぽどみっともないわ」 ちょっと反撃。 でも次の瞬間には反撃したことを激しく後悔するくらいの熱烈なキスをされてしまった。 「んんん……っ!」 し、舌が……。 拒もうと歯を噛み合せようとしたけど、一瞬遅かった。結構強めに入り込んできた舌を噛んだのに、宮村は一瞬ピクリと動きを止めただけで、口腔に深く舌をもぐりこませてきた。 宮村は強引に俺の舌を絡めとり、体の力を無理やり抜いていく。蠢く舌の感覚に慣れた頃には全身がくたりとなって、しなびたほうれん草状態にまでされてしまった。 「ふ……ぁ、ぁ……」 「最初っから、そうしてくれれば楽なんだけどな」 「っるせ……、んぁ……っ」 同じことになるってわかってても、元の性格が素直にこの卑猥な状態を受け入れることを拒むんだから仕方ない。というか、素直に受け入れられたら、それは一種の病気だとさえ思う。 「まぁ、そのうち自分から誘えるくらいにはするつもりだがな」 「死にっ……さら、せ……ッあ」 けど理人は、それくらい生意気で意地を張っていないと面白みがないってのも一理あるな、と妙に納得している宮村が、とにかくここでコトに及ぶことに何も思わないというところが、今現在感じている多くの不満と問題の中でも、一番の悩みの種だった。 百歩……いや千歩譲って、宮村とセックスするのは認める。素直に、とはいかないけど、俺はこいつが好きだし、本気で拒めないことは確かだ。 だからといって特殊な嗜好にまで付き合わされたくない。迷惑だ。 そんな俺を無視して、宮村はさらに理不尽な要求を突きつけてきた。 「さっき、理人が噛んだせいで血が出てきた。責任とって、治せ」 「ど……やって……」 「舐めるに決まってるだろ」 ホラ、と宮村は顔を近付けてちろっと舌を見せてきた。先の部分が赤くなって、本当に少し、血が滲んでいた。 「絆創膏でも貼っておけばいいだろ……っ」 「生憎と、そんな気の利いたものはここにはない」 「離れには、あるだろ……」 「じゃあ、ここをこんな状態にしたまま離れに取りに行くか?」 「ぁっ……ぅくっ」 一番弱い先端の部分をぐりぐりと親指の腹で刺激されて、声を上げそうになるのをなんとか堪える。 行けないのわかってて言うのかよ。 宮村はできないことをわかっていながらわざと口に出す。そこが最悪の意地の悪さだと思う。 「ま、俺はそれでも構わないけど?」 「ゃ、だ……」 「じゃあ、舐めろ」 あんなちょっとした傷、もう塞がっていてもおかしくないのに、宮村はそう言って耳たぶを舐めてきた。 「ぁ、あ、……っ」 俺は耳が弱い。したがって、感じやすい。 「あんまり言うこと聞かないと、この場で滅茶苦茶にしてやりたくなってくる」 耳元で低く囁く宮村は半分ほどブラックモード。 こういう声になると、大抵のことは有言実行になる。だから俺は固まった。 「……!?」 「上も下も弄り倒して、何度も追い詰めてやる。だが射精はなしだ。お前のコレの敏感な部分を重点的に責めて、同時に後ろの穴から前立腺も刺激する。玉ごと吸われて、ギリギリまで追い詰められてもイカせてもらえずに身悶えたまま、イカせてくれと懇願する理人を青空の下で観賞するのも悪くないだろうしな」 「ひっ、……ゃっあ」 まるで「脅しでも何でもない」と言うように、宮村が俺を握る手に力を込めてきた。 悪すぎだバカ! 誰かこいつに羞恥心というものを教えてやってくれ。 そんなの嫌に決まってる、早く手を離せと言おうとしたのを、唇で無理やり塞がれる。 「四の五の言ってないで、舐めろ」 「…………」 「そんなに外で犯されたいか」 「……それは嫌デス」 こんなことにその鋭い目を使うなバカモノーッ。 それを言うと「いつ使おうと俺の勝手だ」と言われそうだけど、理不尽な要求を拒む権利を奪うことないだろ。 ……あぁ、いや、そうか。こいつヤクザだ。肩がぶつかったくらいで「腕が折れた」だの「慰謝料よこしやがれ」だの言う人たちの、しかもリーダーなんだ。 不思議なことに、そう考えると、宮村が俺に対して理不尽なことを言ったりしたりするのも、仕方のないことだと思える。 決して俺自身がそれを望んでいるわけじゃない。でも、仕方ないんだ。 仕方ない、と思わせるプロが相手じゃどうにもならない。 だって俺は一般人。宮村に、敵うわけがない。 幾度目かの再認識させられて、同時に無駄な抵抗をする気も失せてしまった。 ただ抵抗しない代わりに、譲歩を申し出た。 「わかった、から……外でやるのは、やだ」 すると宮村は「してやったり」というようににやりと笑った。 あーむかつく。 でも俺は、宮村が見せた舌の先を言われたとおりに舐めた。 「んっ……ん、ぅ」 舐めるだけ。舌をただ舐めるだけだ。キスをしているわけじゃない。 なのに、普通にキスをする以上に妙な気持ちになってくる。 ざらりとした表面を擦り合わせて、少しだけ鉄っぽい味のする血を唾液ごと舐めとると、宮村の中にあるものが俺の口から体内に入り込むと意識するせいで、体の奥がざわざわと騒ぐ。 胃のあたりが妙な感覚に襲われて、この暑いのに鳥肌が立った。そしてすぐに体が震えてくる。 口の中に唾液が溜まって、舌を動かすたびに濡れた音が小さく聞こえる。その音源が自分の中だということとあいまって、顔に燃えるような熱さを感じた。 しまいには、口の端から唾液が零れて顎を伝った。 「んん…っ、ぅ」 ……こっちの方が、逆に恥ずかしいかもしれない。 だってこれじゃあ、まるで俺が宮村のことを誘ってるみたいじゃん。 しかも、体の奥が変に疼くし。俺のせいじゃないのに。 「ぅ、ん……も、いい、だろ……っ」 血の味がしなくなって、もう十分だと判断した俺は宮村から顔を離すと、脇に丸まっていた服で鎖骨にまで伝ってきていた唾液を拭った。 「まだ。足りない」 「何が、っ、んん、ぅ!」 後頭部を押さえられ、強引に口蓋を割られた勢いで、一瞬息をすることを忘れた俺は、何度もしてきた濃厚なキスにもくらくらとなった。 暑さのせいだと思いたいけど、これは言い逃れ出来ない。 苦しい。 でもそれ以上に、気持ち良すぎた。 泣きそうになったときみたいに、目の辺りが熱くなる。 「ったく……本当に、お前はよくわからない」 「っ、は……っぁ…?」 その意味がわからなくて聞き返すと、宮村は何も言わずに突然俺を抱えて立ち上がった。 二度目の、お姫様抱っこ。 抵抗しようにも色んな意味で力が抜けた俺は、されるがままになる。 「約束は約束だからな。お望みどおり、部屋で存分にやってやるよ」 「望んで、なんか……」 「じゃあ何で抵抗しない?」 それは、暑さとアンタのせいです。 だから俺が積極的な人みたいな言い方するの、やめてください。 そう言いたいのに、舌がもつれて上手く言えない。 いいよ、もう。俺だけがわかってればいいし。 空調のために閉めきった襖の前を宮村に抱えられて通りながら、せめて落ちないようにと、腕をけだるく宮村の首に回した。 もちろん、部活になんて出れるわけがなかった。 ―――――――――― 夏休みのある日編、主役カップルです。 多分このあと二人はお風呂場にでも行くでしょう。冷房使えないですしね(笑) 色んな意味でふやけて、理人は寝込むことになると思います。 兄編も書きました。ちょこっとだけリンクしています。よかったらどうぞ。 葉月 蒼唯 End *ご意見・ご感想など* |