web拍手お礼SS(1) 【教師×生徒】



「……俺は、今日来なきゃ進級させねぇってアンタに言われたから、ここに来たんだけど」
 大嫌いな化学の補講をサボって、昨日は久しぶりに部活に出た。
 行事の後始末でごたごたしていた生徒会がひと段落ついて、なまった体をほぐすのには丁度いいタイミングで。
 補講なんて、まっぴらだった。
 特に、コイツの補講は。
「昨日来て、他の生徒と一緒に補講を受ければ、わざわざ呼び出すこともなかったんだがな。自業自得だろ。今までの単位で、小テストがあんなんだったら、たとえ期末で挽回したとしても進級は無理だって言ってんのがわからねぇのか」
「先生のくせに、言葉遣い汚すぎ。いっそ転職でもしたら」
「はぐらかすなコラ」
「アンタこそ、イタイケナ生徒をシンセーな学び舎で、こんな風に押し倒しちゃってもいいのかよ?」
 ちなみに今、俺は鍵のかかった化学準備室の事務用机の上に押し倒されていた。
 本当に、ふざけるなって話だ。
「よく言う。先生を先生と呼ばないガキが、学校を語るな」
「他の先生はそう呼んでるよ。単にアンタに徳がないってことなんだろ。……相変わらず、女にはだらしないみたいだし?」
「あ?」
「何でもねぇよ。いい加減そこ、どいてくれ。俺は体売ってまで進級したいなんて思わない」
 強引に下から肩を押し上げて、脇からすり抜けようとした俺は、次の瞬間、物凄い力で両肩を掴まれ、そのまますぐ横の壁に叩きつけられた。
「っ……つぅ…」
「いい加減にしたらどうだ。この一週間、まともに口もきかねぇ。不満があるなら言えっつってんのに、何も言わずに当り散らすだけときた。進級できないのは公私混同でも何でもない。それくらいはお前も聞き分けろ」
「……今更、教師面なわけ? 随分他人行儀だよな。アンタって、どうでもいい人間に対してはいつもそうだ。いい加減にするのはそっちだろ。……切りたいならそういえばいい」
 俺は知っている。
 十年以上も年上の、容姿の整ったこの恋人が、見合い写真を毎週末に送られていることを。
 今年で俺は十八になり、この男は二十九になる。俺と違って、社会的な立場を持っているこいつには、そろそろ落ち着いたらどうだという年配教師からの助言もあったらしい。
 他人がどうこう言ったって、興味のないことは考えない、面倒なことは最低限以上はやらないことがわかっているから、今まではそんなこと気にも留めなかった。
 親からの見合い写真だって、結局ダンボールの中に放り込まれるだけだ。
 だから、こいつから動くときだけは、どうしようもなく不安に駆られる。
 そして考える。
 遊ばれているのかもしれない、明日には別れろと言われるかもしれない……。
 そんな不安を、誰にも話すことができない。そして相手に理解されることもない。
「切りたいって……一体何の話だ?」
 とぼけんな。
 頭半分上から、普段は「生徒に人気のある、優しくてカッコいい新城統吾先生」を演じているその顔を苛立たしく歪めながら、平気でそんなことを言う。
 ただのガキだと、言外に言われているような気がして、余計に腹が立った。
「アンタこの間、駅前のスタバで女と会ってただろ。普段から、興味ないっつってキレーな人の顔写真を放るような奴が、わざわざ着替えて会いに行くなんて、何もない方がおかしい。……結婚もしたいお年頃だろうし? 親からも言われてるんじゃ、考えるのが当たり前かもな。この際、俺なんかと遊ぶのはもうやめ―――」
 笑い飛ばしてやろうと思った。
 こんなこと、何でもないと自分に言い聞かせるために、精一杯せせら笑ってやろうと思った。
 だから。
 俺を見るその瞳の、一種の獰猛ささえ感じられるほどの力強さに、言葉を途切れさせた。
 黒い瞳の中に、強がって虚勢を張る俺が映っている。
 今まで、どんな時でも、その目に映る自分を感じていた。
 それを自ら捨て去る勇気を……俺は未だ持ちえていないことに、こんな時になって気付いてしまう。
 勇気がないなら、今、持てばいい。
 言葉の勢いに乗って、捨ててしまえばいい。
 一時の衝動で失ったものが、たとえ大切なものであったとしても、時間が癒してくれる。
 漆黒の瞳を睨み返して、口を開く。
 けれどその言葉は、重ねられた唇にあっけなく呑みこまれた。
「ふっ……んん…、っぁ……ぅ…」
 やめろ。
 もう、やめろ。
 やめてくれ。
 大人の余裕で遊ばれるのは、真っ平なんだよ。
 不安なのは……いつだって俺ばかり。
 ―――そんなのは、もう嫌だ。
 言葉にできない感情が、胸のうちで膨らんで、溢れそうになる。
 それに気付かれないように、俺は目を瞑った。
 油断したら、気付かれる。
 息どころか、体まで触れ合っているような至近距離で、みっともなく泣きそうになるのを気付かれないようにするのは至難の業だ。
 ブチブチと音を立てて、シャツのボタンが全部飛んだ。
「っ、に、して……ッ、ふ、ぅ……んん!」
 驚いて口を離したが、すぐに顎を掴まれてひたすら口腔を貪られる。徐々に抵抗する力さえも奪われていった。
 がくがくと膝が震え出す。
 制服のズボンを下着ごと下ろされ、後ろの穴に骨ばった長い指が挿入された。
 しばらく触れられていなかったそこは、異物感にすぐさま悲鳴を上げるが、それさえも声にすることができないまま、二本、三本と指を増やされる。
「っ……ぃ、…ぅんんッ……っァァ」
 口の端から、唾液と一緒に喘ぎ声が洩れる。
 この指に慣らされ続けた体は、そうしないうちに快楽を生み出す。
 最悪だと思う。
 いくら心で抵抗していても、体はいつだって統吾を欲しがる。―――依存している。
 そういう風に、されてしまった。
 そして心も、最後まで抵抗し続けることはできない。
 どうしても、どうしようもなく。
 俺はこいつが好きなんだ。
「―――挿れるぞ」
「っ……ぅ、あ……、あっ」
 口と指を同時に離したかと思うと、統吾は俺の片足を持ち上げて、指で溶かされた箇所に熱く滾ったものをあてがい、ゆっくりと体内に分け入ってきた。
 圧迫感がきつくて、広い肩に両腕を回す。力を込めて白衣を掴むと、不思議と言いようのない安心感がこみ上げてきて、だから同時に嫌になった。
「っ……キツ……少し、緩めろ……」
「し、るかよ……っ、ぁ……っく」
 体の奥の方で熱がジワリと染み出して、それが全身に広がっていくような錯覚を覚えた。
 ドクドクと血の流れまでがそこから伝わってきて、ゾクリと体が震える。
 馴染むまで待ってから、ゆっくりと中にある楔を引き抜かれると、内壁がその動きに反応して俺の意思と関係なく蠢く。
「ひ、ぁ……っぅ……ぁ、アアッ」
 また強引に熱が中に押し込まれると、背筋から脳をぐらぐらと揺らされるような快感が突き抜けて、背中が撓った。
「―――何度も、言わせんじゃねぇ」
 耳元で、荒い息の下、怒りを孕んだ低く重たい統吾の声がした。
 その声にさえ、肩が僅かに跳ねる。
「俺には、お前だけなんだよ」
「っるさ……っ、ぅ……ぁ」
「お前の一言一言に、いちいち振り回される。……あんまり、ふざけたことぬかすな。腹が立ってしょうがねぇ」
 そう言ってもう片方の足も持ち上げ、俺の背中を壁に押し付けると、力強く最奥を穿った。
「……ァ、…っぅ、っん、アァ――…ッ」
 びりびりと頭が痺れそうになるほどの快感に耐え切れず、俺はあっけなく達した。二、三度奥を突いて、すぐに統吾もイった。
「っ、は……ぁ……っ、…っ」
 ずるりと力を失った肉塊が抜け出ると、中から精液も流れてきた。
 それを拭う気力もなく、ただ壁に背を預けて立っているだけで精一杯だった俺は、頭の中で統吾の言葉を反芻させる。
「…………」
「―――陽」
 意識の外側で、その言葉に無条件に満たされる心を感じた。
 苗字でも、名前でもなく。
 陽と呼ぶのは、この男だけだ。
 四文字の名前は面倒だと、最初の頃に付けられた呼び名。聞くのは、一週間ぶりだった。
 ティッシュの箱を片手に、俺の足元に膝をついて統吾は続けた。
「お前がスタバで見たってのは、俺の従妹だ。上京してきて、たまたまこの辺に用事があったから会わないかって言われただけなんだよ。それに向こうも彼氏持ちだ。何かあるなんてことはない。……まぁ、誤解させたのは、悪かった」
 腿に伝い落ちたものと、ついでに腹や胸にまで飛んだ俺の分も丁寧に拭い、そして壁から引き剥がして、きつく強く抱きしめてきた。
「い、たい……バカ」
「お前にバカとは言われたくねぇな。赤点常連のくせに」
「化学だけだろ……他は比の打ちどころもなく、優等生だ」
「だから余計に腹が立つんだよ」
 清潔感の漂う白衣に染み付く慣れ親しんだ匂いに、唐突に力が抜けた。それでもしっかりと俺を抱きとめる腕が、いとおしい。
 ―――駄目だ……と。
 俺は、どうやっても……離れることができない。
「様子が変だとは思っていたが、見ていたとは思わなかった。……だからいつも、気になることがあるんなら言えっつってんだろうが」
「……言えるかよ。男の癖に、女々しすぎ」
 猜疑心が強いくせに、プライドが邪魔をして素直に問いただすことができない。
 自分が悪いのだと、思いたくなくて。
 こんな間柄だから、不安はいつも付きまとう。
 統吾はそれを俺よりも理解しているから、とにかく「言え」と言うのだと気付く。
「嫉妬に、男も女も関係ないけどな―――」
 顎を持ち上げて、ついでとばかりに耳元で囁く。
 ―――だって俺は、お前に付きまとう全ての人間が、妬ましい。
「んな……っ」
 一気に、顔が赤くなるのがわかった。
「『コレ』が終わったら、みっちり夜まで補講だからな。部活にも生徒会にも、話は通してある。逃げられると思うなよ、浅葱」
 生徒に人気の「新城先生」になって、統吾はにやりと笑った。
「―――わーってますよ、新城センセー」
 化学は大嫌いだ。
 補講も、同じ。
 だから。
 少しでも短くなるように、統吾の言う『コレ』が長く続くようにと思いながら、自分からキスをした。



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