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10、衝動


 それから三十分ほど電車に揺られ、他愛のない話をしながら永沢と一緒に帰ってきていた葛西は、自らの体の異変に徐々に気付き始めていた。
 酒に弱いのだから、強い酒を飲めば酔いは回るしフラフラしていても不思議ではない。火照るのもまあわかるだろう。
 だがいつもと違い意識がはっきりとしていた。それどころか敏感に体が反応している。
 永沢がふざけて肘や脇腹辺りを突付くときに、言いようのない感覚が瞬間的に体中を走るのだ。
 確かに人に触られて身をよじるようなくすぐったさを感じる場所でもあるが、くすぐったさとはまた違う別の感覚だった。
「―――でさ〜。どう思う?」
「さ、あな……」
 何かを押し殺したような声が次第に目立ち始めた頃、二人の住む賃貸マンションの部屋に着いた。
 真っ暗な部屋の電気をつけて、永沢は荷物を下ろすと真っ先に風呂場へ向かって掃除を始めた。
「――――っ……」
 葛西は自室へ戻るとおぼつかない足取りのままベッドへ倒れ込む。
 ドクン、ドクン、と心臓の鼓動が速く大きくなっていき、全身に広がっていた熱が下腹部だけやけに熱く感じられた。
「はっ、く……」
 無意識のうちに葛西はそこへ手を伸ばす。
 葛西のソレは、まだ何もしていないというのに上を向き、既に先走りの雫を滲ませていた。
「なん、で……?」
 わけのわからない葛西は、自分の体の著しい反応に問わずにはいられなかった。
 永沢が来てからというもの、性欲処理を怠っていたのも事実だが、元々淡白な方の葛西が何もしないうちからこのような状態になること自体ありえないと言っても過言ではない。
 酒だけのせいにするには不可解な点が多すぎる。
「ん……ぁっ…」
 少し体を動かそうとしただけだというのに、ジーンズに擦れて、痛いぐらいの刺激が葛西を襲った。
 じわりと新たな雫が下着を濡らしていく。
 どこもかしこも敏感になっているようで、いつもはなんともないシャツやジーンズのざらりとした感触さえ快感の種になっていた。
 呼吸が荒く、目じりもとても熱い。
 とにかく早くこの熱をおさめるために、仕方なくカチャカチャとベルトを外し、ジーンズの前たてを下ろして中に手を入れた。
「は、んっ…あぁ……」
 葛西の屹立は触れた途端にヒクリと震え、手とのわずかな温度差が刺激となって葛西を悶えさせる。
 自分の体の一部のはずなのに、葛西にとっては別の何かが潜んでいるのかと疑いたくなるような状況だった。
 そのままゆっくりと指を絡め、上下に擦る。
「あ、っぁ…んん…」
 とめどなく溢れてくる雫が葛西の手を濡らし、クチュクチュと卑猥な音を立て始めた。葛西の熱は屹立を扱き上げていくほど、どんどん上昇していく。
 現在恋人のいない葛西は、永沢が来る前まで自慰行為をする事も度々あったが、これほどまでに乱れた事はなかった。
 葛西の体はこれ以上ないというほど疼き、快感の潤いを求めてただひたすらに行為に没頭していた。
「んあ、…ぁぁっ…っ」
 全身を断続的に走る電流のような快感が葛西の思考をぐちゃぐちゃにかき乱し、永沢がいるということすら頭の中にはないようだった。
 今の葛西は、このもどかしく熱い体をどうにかしたいという一心で動いていた。
 徐々に手を動かす速度が上がっていき、葛西はギュッと目を瞑る。
「ぅ、あぁっ…!」
 手の内に放った白濁は、溜まっていたせいか幾分か濃いものだった。
 けれども、息を荒げる葛西は意思とは全く関係なく快感を求め続けており、一度達したにも拘らず、葛西のそれは未だ熱を持って萎える兆しすら見えなかった。
 体の内から溢れてくるような熱は、葛西に抑えることの出来ない異常なまでの快楽を与え、快感と不安が葛西の中に渦巻き続ける。
「ふぅ……っく」
 快感よりは幾分か不安が強く、葛西はボロボロと涙を零した。
 終わりの見えない熱さがどうしても怖くなってしまう。
 意思に反し、熱を帯び続ける屹立は刺激が欲しいとでも言うように、時折ヒクリと揺れている。
 その時だった。
「葛西サン、お風呂〜…」
 そんな葛西の状態など知るよしもない永沢が、突然葛西のいる部屋のドアを開けた。
 ベッドの上にいた葛西は、肩を震わせるだけで慌てたりすることはなかった。
「って、なんつーカッコしてんの、葛西サン……っ」
 ベッドの上であられもない格好で力なく座り込む葛西を見て、永沢はギョッとするが、すぐに葛西が泣いていることに気が付いた。
「な、がさわ……」
 ただ事ではないと察した永沢は葛西に近寄るが、葛西は服の裾で自身を隠しながらベッドの上をズルズルと後退った。
 所詮はベッド。逃げ場はすぐになくなる。
「…っ…ぅ、ぁ…」
 泣きながらも別の何かに侵されているような様子の葛西に、永沢は優しく肩に触れる。
「あっ……」
 葛西はビクリと肩をすくませ、小さく喘ぐ。
 そんな葛西の反応に、永沢は自らの内に沸き起こる衝動を抑えて問う。
「―――店で知らない人に何か飲まされたりした?」
 葛西はふるふると首を振り、しゃっくりの入り混じった声で答える。
「飲ま、されは、しな…った…。でも、俺の酒、飲まれて…、代わりに、向こ、たのんだ、酒…飲んだ…」
「葛西サンと一緒に来てた人じゃないんだ?」
 確認するかのように永沢は更に問う。
「ちが……。店、来たとき…目が合った…知らない、奴」
 その言葉に、永沢の葛西の肩を掴む手に力がこもる。
 永沢は確信した。葛西は狙われていたのだと。
 目が合ったのは葛西をずっと見ていたという何よりの証拠で、葛西が目を離した隙に媚薬の類を酒に混ぜて渡したのだろう。
 疑いもせずに飲んでしまう葛西も葛西だが、相手も常習犯というものなのだろう。
 永沢が一緒でなければ、葛西は一人で帰る羽目になる事は間違いなかったし、夜道で襲われる可能性もあった。
 滅多にないことだからと油断は出来なかったのだが、連れがいる事で永沢も少し気が緩んだのだろう。
 永沢は、自分の考えの甘さに唇を噛んだ。
「ながさ……俺、ずっとこのまま…なのか…?」
 内なる快楽に怯えたような瞳を向けた葛西を永沢は抱き寄せた。
「大丈夫…。俺が、守るから……」
 耳元で静かに永沢は囁くが、葛西は耳にかかる吐息でさえ刺激として拾い上げ、微かに喘いでいた。
「…っ!? 何して…ぁあっ」
 永沢は直接的な刺激を欲している葛西のそれを握りこんだ。その手を退かそうとする葛西の腕には、力など入っていないに等しい。
「う、あっ、ん…あぁああ…っ」
 他人からの刺激によってあっけなく葛西は二回目の絶頂を迎えてしまう。勢いよく噴き出した飛沫は、永沢の手を白く汚した。
 永沢は何を思ったのか、手にまみれた白濁を口元に持っていき、ペロリと舐めとる。そんな永沢の行動をうっすらと開いた目でしっかりと見ていた葛西は羞恥のあまり顔を真っ赤にした。
「そ、なもの…舐めんじゃ、ねぇ…っ」
「葛西サン……とても可愛い」
「バっ…何言って…ふ…あぁっ」
 まだ熱の冷めないそこをゆるゆると攻め立てられて、満足に文句も言う事が出来ない。
「大丈夫だから……」
 優しく言い聞かせる永沢の言葉を、今は信じるしかないのだと、葛西は永沢に身の全てを任せた。
 永沢もまた辛かった。惚れた人間が目の前で薬の効果によって身悶え、快感に喘いでいるというのに、傷つけたくないという自らの理性が強いために、抑えつけた欲望が内で荒れ狂う。
 自分自身のことで精一杯な葛西が、永沢の体に表れ始めている欲望には気付かないことが、永沢にとって唯一の救いでもあった。

 夜が更け、幾度も手淫によって攻め立てられた葛西の体が気を失いベッドに倒れこむまで、永沢の理性と本能の闘いは続いていた。


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