3、楽しい(?)休日の始まり 「あ、オハヨウ、葛西サン。今日は日曜なのに、早いね」 「お前もな……」 葛西は永沢と同居を始めてから初めての休日を迎えていた。 今は六時半。平日の起床時間と大差ない時間帯だ。確かに、葛西の普段の休日の過ごし方からすれば変わったことではあった。 自分の真横から入ってくる窓からの光に目を細めながら、葛西は大きく欠伸をした。 「でかいねー、欠伸」 「煩い……。いつもより早いんだよ、休日に起きる時間が」 「まあいいじゃん。早起きは三文の得って言うんだし」 得じゃない、と葛西は即答したい気分に駆られたが、それは心中に留めておくことにした。 ふと食卓に目をやるとおいしそうに湯気を立てているモーニングコーヒーとオムレツ、焼きたてのパンの脇にはサラダまでついていた。 最近は朝食も豪華になっている。食事代くらい全額自分が出すと言って、永沢が全てこなしてしまっているからだ。本人によると、こんなに手のかかる朝食を毎日毎日作っているというのだから驚きだ。 「先に食べてていいよ。葛西サンがそんなに早く起きるとは思わなくて、俺の分しかまだ用意できてなかったから」 そう言うと、永沢は出てきたばかりのキッチンにまた戻っていく。 「お、おう。悪いな」 ポリポリと頭を掻きながら用意されていた朝食の前に座る。 向こうが出来るまで待っていれば冷めてしまう。熱い物は熱いうちに、というのが葛西の食の考え方である。少し躊躇した挙句に、やはり食べることにした。 「……やっぱ美味い。どこでこんなん教えてもらったんだよ?」 オムレツにガブリと噛み付いて、モグモグと食べながらキッチンにいる永沢に訊ねる。 「小さい頃に母さんが教えてくれた。『男でも料理は出来なきゃいけないのよ』って力説しててさ」 「ふーん……」 葛西家の家庭環境では理解できない概念だろう、と葛西はそっと心で呟いた。 葛西の家ではバリバリの亭主関白で、「男は立派に働いて、家族のために金を稼ぐ。女は家事に精を出す!」と決められていた。 実際、葛西家の女が実家に帰るときなどは困った事も多かったりするのだが。 とどのつまり、教えてもらえなかったということになる。 そのせいか、葛西にとって一人暮らしを始めてからは両立が大変すぎて、サイクルが出来てきても、歯車一つ違ってしまえば目も当てられない状況だ。 こいつにはそんな事はないだろうな、とある意味感心していた。 「まー、俺がここにいる間は任してよ。掃除洗濯、料理から布団干しまで全部やるからさ」 ニコニコしながらフライパンのなかでジュージューと音を立てている溶き卵を、永沢が華麗な手つきでひっくり返した。 思わず自分だったらどうなるのだろう? と考えた葛西は、思い切り惨劇な状況が目に浮かんで溜め息をついた。 「ところで、今日はどうするの?」 綺麗な形に焼きあがったオムレツを皿に盛り付けながら永沢が訊く。 何もする事がなかったのでゴロゴロしようと思っていた葛西だが、さすがに自分より年下の大学生よりもダラダラと過ごしていては示しがつかない。 かといって予定のない葛西は「お前は?」と訊き返す。 「俺はちょっと買いたい物があるんだ。バイト代も丁度下りたし、ブラブラしようと思ってたんだけど。何もないなら、葛西サンも一緒にどう?」 綺麗に盛り付けられたオムレツと、焼きたてのロールパンを載せた皿をテーブルに置きながら、永沢は葛西の方を見る。 この誘いは、今日一日の予定を決めかねていた葛西にとっては好都合だった。 「あぁ、いいよ。俺も予定なくて暇だったし」 「オーケー。じゃあ八時くらいに出かけよう。俺、ちゃんとオシャレしていかなくちゃな〜」 「何で男同士で買い物に行くだけなのに、オシャレなんかしていくんだよ」 「だって葛西サン、普段着とかすごくカワイ…似合いそうだし。俺も負けてられないし」 何かを言いかけて慌てて言い直す永沢に「何バカなこと言ってんだよ」と苦笑しながら、二人は早めの朝食を済ませた。 「じゃーん。葛西サン、どうよコレ」 それから一時間後、パジャマから私服に着替えた葛西の前に現れた永沢は、白のキーネックTシャツとスリムなデザインのパンツに身を包んで、これから着るであろう黒のジャケットを手にしていた。 首元で光るシルバーのアクセサリーが持ち主の印象を更に引き立てていた。 「……いいんじゃねーの? 結構似合ってる」 あまり服には頓着しない葛西にファッションセンスを求めても意味のないことだった。それを誰よりもよく理解している葛西は適当に言っておいたのだが、永沢はよほどその組み合わせに自信があるのか、「だろ〜?」とおちゃらけた様子で笑っていた。 だが、素人の葛西でもその着こなしに目を惹かれていた。適当に答えたつもりだったが、すぐにまじまじと見ると、頓着しない葛西の格好が恥ずかしくなってくるようだ。 そんな葛西は随分と前に百貨店の一角にあったセール品のシンプルなデザインのカットソーに、よれよれ具合に年季の入っているジーンズ、フード付きのカーディガンを羽織っていた。 「シンプル・イズ・ベスト」というお世辞よりは「地味」と一言で片付けてしまった方が早いかもしれない。 しかし、葛西のどうでもいいような考えは「地味」という結論に達する前に廃棄されていた。所詮は休日の買い物。デートという訳ではないのだ。 ファッションセンスに煩そうな永沢は以外にも服装のことには全く触れず、「そろそろ行こうか」と普段の態度で戸締りの確認を手早く済ませていた。 きっと言いたくても俺が気にすると思って言わないんだろうな〜と苦笑しつつも、財布の入ったショルダーバッグを肩にかけてスニーカーに足を押し込んだ。 一足先に外に出た葛西は、快晴の青空に何故か不吉な予感を感じた。原理はわからないのだが。 「あ〜、俺の第六感が不吉な信号を発している……」 その予感の原因がわかる葛西にとって、今のこの状況は結構痛い。 「ん? どしたの、葛西サン」 永沢と買い物、というシチュエーションに不安を隠しきれない葛西だった。 ここは腹をくくるか、と不思議そうに見つめてくる永沢の前で、葛西は重々しい溜め息をついたのだった。 *ご意見・ご感想など* ≪BACK NEXT≫ |