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4、The free sky


 意気揚々と出かけたはずの永沢と少し滅入り気味だった葛西は、出かけるときには無かった紙袋を両手に下げて、街中をてくてくと歩いていた。
 すっかりご満悦になって「お昼どこにする?」と鼻歌交じりに永沢は言っているが、葛西の眉間には先ほどから皺が寄りっぱなしだった。
 『嫌な予感』とはこのことだったのだろうか? と買い物に来たことをやっぱり後悔している葛西は出かけるときと服装がまるで違っていた。
 その理由は、遡ること約一時間前。


「葛西サンさ、その格好も似合ってるけど、絶対地味すぎると思うんだよね。もったいないよ、せっかくの顔のつくりが」
 葛西が家具店のショーウィンドウを覗いていたとき、不意に後ろからかけられた永沢の言葉に「やっぱりきたか…」と半分諦め顔のまま振り返る。
「うん、やっぱり着替えた方がいい」
「って言っても、今更家に戻ったところで、似たようなモンしか持ってないんだけど」
 こんな洋服とは関係のないところでどうしていきなり「着替えた方がいい」と言えようか。
 次の瞬間、葛西は有無を言わせぬ奇襲にあったかのごとく腕を引っ張られて、近くにあった有名なブランド店に連れて行かれると、試着室に荷物ごと押し込まれ、何がなんだかわからぬまま指示された服を着ることになった。
 値札は既に外されており、あぁ、やられた……と気付いたときには、店員からも賛辞を貰えるほどのセンスの良いファッションへと早変わりしたあとで。
 いつの間に持っていったのか、葛西の今まで来ていた服は全て、その店の紙袋にきちんと折りたたまれて入っていた。
 まさに「計画的犯行」と言わざるを得ない現場だった。


 注目される事に慣れていない葛西にとって、それからの買い物はあまり良いと言えるのもではなかった。
 道行く人間には注目を浴び、店に入れば店員からの痛いほどの視線を直に受け、数々の視線にあてられ続けていたからだ。
 永沢の方は慣れているのか、気にもせずに選んだ日用品や雑貨を購入していった。
 葛西はといえば、永沢のルックスが良すぎるせいだと、自分に対しては何も思っていなかった。永沢の選んだ服によって引き立てられた自分の姿が周りからどう見えるのかなど気付いているはずもない。
 とにかく、そんなこんなで迎えてしまったお昼時、ごった返す飲食店の中へ入れば、必ず目を引いてしまうと予測できる二人組。
 これ以上いらぬ視線にさらされたくない葛西はどうしたものかと溜め息を吐き始めていた。
「葛西サン、どしたの? 歩きすぎて疲れた?」
「……そうだよ」
 人の目が辛いと、向こうにとっては苦にもならないことに弱音を吐くことは葛西には出来なかった。
「ふ〜ん……体力ないなぁ。デスクワークばっかりも良くないよ〜」
 営業の外回りに走らされている葛西には、たった数時間歩いたぐらいで悲鳴を上げるほどの貧弱な足は備わっていない。
 気の利かない人間というのは、どうしてこうも残酷なんだろうか……と永沢の鈍感さに嘆いていた。
「ほんじゃ、ちょっくら行くか〜」
 買い物袋を伸びをしながら振り上げて、気分を変えるように永沢が言う。
「どこに?」
「お楽しみだよ〜」
 永沢という男は本当に掴めない。
 子供のようにニコニコと笑いながらずんずんと闊歩していく永沢の後ろ姿を、葛西は急いで追いかけた。


 電車に乗ってそこから十五分ほど移動した葛西たちは、先程よりも人通りの少ない路地の一角にある、モダン風の店の小さな入口の前に来ていた。ビルの前に出されていた看板には「The free sky」と書かれていた。
「階段ちょっときついから、気をつけてね」
 ドアを開けるとすぐに地下に続く階段があり、そこをゆっくりと下りると明かりがちらほらと洩れる店内へと入った。
 ジャズが流れる店内には十人足らずの客がカウンター席にまばらに腰を降ろしていた。
 葛西が最初に気にしたのは同性同士の連れがやけに多いということだった。
 男性客も女性客もいるが、それぞれ相手は男同士、女同士。
 普通なら、こういう洒落た店には穴場でもカップルが数組はいるはずだが、葛西の目に映るのは一人で昼間から水割りを楽しんでいる三十代くらいの男や、軽食感覚のサンドイッチとドリンクを交互につまみながら、カウンターのバーテンダーと談笑している二十代の、それでもやっぱり男だった。他に目を移しても、男同士で来ているのが大半だ。
 落ち着いているが不思議な雰囲気の店に困惑している葛西の隣にいる永沢は、口の端を少し吊り上げて微笑んでいた。
「いらっしゃいませ……って、永沢じゃん。どうしたの、お前」
 黒いショートエプロンを着たウェイターが声をかけてくるが、永沢の姿に妙に驚いている様子だった。
 葛西は眉を顰めて永沢の方を見る。
「葛西サン、驚かせてゴメン。実はココ、俺のバイト先なんだ」
「――へぇ〜…。なかなかいいところだな」
 この時間にしては客が少ない、というところも変な感じだが、全体的な店の雰囲気は良く、素直な感想だった。
「そーかな〜」
 その素直な感想をやんわりと否定するように葛西は微妙な表情で首をかしげた。
「なんだよ、その曖昧な返事は……」
「いや、なんでもない。西原、カウンターでいいか?」
「OK。今は客少ないからどこに座っても問題なし。連れもいるみたいだし、特別料金はなしだぞ」
「わかってるよ」
 西原と呼ばれたウェイターは「こちらへどうぞ」というように手の平をカウンターのほうへ向ける。
 丸い腰掛に二人並んで落ち着くと、永沢は葛西との間にメニューを広げた。
「ココの店、中途半端だけど大体一時くらいから始まるんだ。だからランチやディナーはもちろん、軽食や酒まで豊富にあるんだ。店の評判とかは別として、まぁまぁいいとこだよ」
「店の評判って…悪いのか? だから今は昼時なのに客がいないのか」
 上品な見た目のわりにリーズナブルな価格の料理を選びながら、失礼なことを言う。本人は「どれも美味そうだな」と呟きながら、ランチを真剣に選んでいるようで気にもしていないようだった。
「二時半くらいから混み始めるよ。今は開店から三十分しか経ってないし、空いてる時間選んできただけだし」
 苦笑しながら一緒にメニューを覗いている永沢は何故か楽しそうだった。
「ん〜……よし、じゃあ俺このパスタにしよう」
 葛西はシーフード風味のパスタ、永沢は新鮮野菜のサンドイッチを選んだ。
 昼食を食べながら談笑しているいる葛西の姿を、客の一人がじっと見ていたのだが、二人ともそれに気付く様子はなかった。


This continues in the next time.
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