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3、鬼の長谷川さん


 長谷川藤次、四十二歳。宮村組幹部。仕事内容は、宮村の秘書みたいなもんで、俺の護衛役もたまにする。
 年齢を聞いたときは正直ビックリした。だってまだ本当に三十代前半にしか見えない。短い黒髪、精悍な面立ちに人の好い笑顔。外見だけで言わせて貰えば、ヤクザにしておくには勿体ないくらいだ。
 でも本人曰く、
「そんなことを言ってくれるのは、姐さんくらいですよ」
 ……らしい。
 多分、外見にはとても合わないような経験をその筋で積んできているに違いない。じゃなきゃ陰で「鬼の長谷川」なんて呼ばれない。
 鬼の長谷川といえば、鬼平犯科帳って何かあった気がするな。もしかしたらそれから来てるのかも。でも確かアレは放火犯とか強盗を捕まえる方だったと思う。悪い人に「鬼」と呼ばれているところは同じなんだけど。
 何でも、宮村が生まれた頃にはもうヤクザの世界に入っていたそうで、宮村の幼少期の養育係を務めていた時期もあったとか。
 なるほど、宮村の交友関係を知っていることにも納得がいく。
 小規模な抗争で敵の組から傷害の罪を着せられて、二年半刑務所に服役していたらしい。よくみると頬がこけていてちょっと不健康にも見える。
 刑務所が、大柄な体型を健康体で維持できるような場所じゃないってことだけはわかった。
 そして今朝は早朝から出かけている宮村の代わりに、早速俺の送迎をしてくれていた。
 いつもは宮村とギャーギャー言い合っているうちに学校に着くからあんまり時間なんて気にしてなかったけど、長谷川さんとは面識ないから余計に何を話していいかわからない。
 長谷川さんの方も宴会以来、墓穴を掘らないように気をつけているのか、宮村の昔話を自分から話し出すようなことは避けている。
 俺もその方が変な気を起こさなくていいんだけど。
 あの大宴会の後「結婚初夜は云々」と宮村に押し倒され、散々嫉妬したことでからかわれて恥ずかしさのあまりに死んでしまうとか思ったから、二度とこいつに向かって煽るような言動はするもんかと天に誓ったのは数日前だ。
「姐さん、もうすぐ学校ですよ」
「あ、はい……」
 常々思うけど、その「姐さん」って呼び方は絶対にどうにかした方がいいと思うんだ。俺はあくまで一般市民でありたい。でもそんな風に呼ばれたら、俺もその筋の人だって思われる。今は人前で呼ばれてないだけマシなんだけど、心配だ。
「あの、長谷川、さん……?」
「わざわざ敬称なんてつけないで、気軽に長谷川と呼び捨てしてくださって構いませんよ」
 だから、なんでこの人こんなに丁寧に話すの。ヤクザでしょ。もっとこう……砕けた喋り方とかないの? 俺の方が緊張するじゃん。
 絶対、接客業とかに就いた方がいいよ、この人。
「いやでも、組の中じゃすっげー先輩だし……ってそういう問題じゃなくて! 俺のこと、姐さんって呼ぶのはやめて欲しいんですけど」
「……ですが――」
「あのっ、組の人にも会うたびに言ってんだ。姐さんじゃなくて、もっと別の呼び方してよって。『理人』とか『東』とかさ。年上に敬語使われるとこっちがどうしていいかわからなくなるだろ」
「そう言われましても、立場的には姐さん、とお呼びすることしか出来ませんので」
「あーもー、俺が宮村に言っといてやるから、俺を姐さんって呼ぶのやめて。名前か、それがダメなら苗字で全然構わないから!」
 俺は出来れば平穏無事に暮らしていきたいの! たとえ可愛い奥さんと二人の子供とペットと夢の庭付き一戸建てのある幸せ家族計画が潰れても、そこだけは譲れないのッ。
 俺が後部座席から身を乗り出して力んで言うと、車を止めた長谷川さんはふぅっと一息ついて「まいったな……」と困った表情をしてみせた。
 あー、ダメ。この顔は絶対いい人にしか見えないから。ヤクザ向いてないから。でも逆にヤクザっぽくなくていいかもしれない。これから、毎日長谷川さんに送迎頼もうかな……。
 そんなことを考えていると、長谷川さんは車を降りて、後部座席のドアを開けて言った。
「わかりました。では、これからは理人さんとお呼びさせていただいてもよろしいですか?」
「オッケーオッケー全然構わないから! むしろ人前ではそうして! 俺、ちゃんと宮村には言っとく。それじゃ、今日はありがと。終わったら電話するから、家の最寄り駅まで迎えに来て」
「では、お気をつけて」
「うん、行ってきます」
 俺は相変わらず悪い人に騙されそうなくらいお人好しな笑顔を向ける長谷川さんに言うと、校門の前で待っている拓海の方へ走っていった。
「よー。久しぶりだな、拓海。風邪はもう大丈夫なのか?」
「あぁ、お陰さまでな。それより、期末テストの順位出たんだって?」
「あー、アレな。もちろん、俺がお前の上だったに決まってんだろ」
「ちっ、またかよ」
「へへーん」
 拓海は期末テストが終わると同時に、風邪で寝込んでいた。二、三日くらいで治るとか言ってたのに、実際登校してきたのは一週間近く経った今日だ。
 心なしか病み上がりのせいで少し痩せたようにも見える。
 拓海は、俺のここ最近の「突発的なアクシデント」による「災難」の全容を知っている数少ない一般市民で、俺のクラスメイトで、一番の友人だ。
 何せ、兄貴と一緒に校門の前で待ち伏せされていて、何があったのか問い詰められた挙句に、現実逃避よろしく、俺はその場から全速力で逃げる羽目になった。
 あとからちゃんと宮村も交えて家族には話もつけたし、事情を知っている拓海にもそれなりに話はしてある。兄貴は俺と宮村との仲には猛烈に反対してたけど。
 両親とも放任主義で「本人たちがそれでいいなら」っていう考えの持ち主だったのが幸いして、難なく宮村の家に住めるようになった。
 それ以来、拓海には毎日送迎する宮村との仲をひやかされていた。
「そういや、今日はあの宮村って人じゃなかったな。でも、アレ、お前ン家の知り合いか? ヤクザには見えなかったぞ」
「今日はアイツ、朝っぱらからどっかに行ってて、あの人は一見そうは見えないけど立派なその筋の人だよ」
「はー……。世の中色んな人間がいるもんだ」
「全くだな」
「お前にも言えることだって、自覚あんのかよ」
「それは言わない約束!」
 俺だって最初っからそうなりたくてバイク乗り間違えたんじゃねぇよ、バカ!
「だからお前はアホ人だっつーんだよ」
「バカ海には言われたくないね」
 最近、俺達のやり取りはまるで「どんぐりの背比べ」とか「目くそ鼻くそを笑う」とかいう、つまり「五十歩百歩」くらい意味のないことに思えるのは気のせいなのか。
 つーか、今更気付く俺って、何?
 それがわかっていながらも毎日「アホ人」と「バカ海」の言葉が出てこないと、お互いが「お前、ビョーキにでもなったか!?」と心配するくらい馴染んでいるせいで、そう簡単には止められない。
 何にせよ、拓海がちゃんと復帰してきてくれたことは俺も嬉しい。最近は嫌なこと(特に着物とか依岡兄とか)が多すぎて、気軽に愚痴る相手もいない環境はちょっとした苦痛だったかもしれない。
 そのストレスの主な元凶どもは相変わらず俺に悩みや怒りの種を蒔いてくれやがるし。
 それを放っておいている俺も、十分「惚れた弱み」だったけど。
 そんなことを思いながら教室へ向かっている途中、拓海が思い出したように言った。
「そういやお前、俺ン家今年は来る?」
 俺はその言葉に一瞬首を捻りそうになったが、すぐに意味がわかって「あー」と声を出す。
 拓海とは去年からの付き合いだけど、毎回長期休みになると一人暮らしの拓海の部屋と、俺の部屋に交互に泊まったりしていた。
 今はもう俺が借りていたアパートは引き払ってあるから、宮村の家に泊まりに来ることになるけど、さすがにそれは止めさせようと思った。
「心配しなくても、そっちには行かねぇよ。ヤクザのおうちなんておっかねぇからなー。まぁちょっと興味本位で行ってみたいとは思うけどさ」
「やめとけ。俺もお前も苦労するから」
 俺の友人、なんて紹介して家に招き入れてみろ。まず依岡兄が変なことをするに決まってる。いつも家にいる俺に変なことしてくるんだから。
 女物の着物平気で用意するし、デバガメしたってされたって飄々としているし、それを周りに平気で言いふらす。それで幾度となく恥ずかしい思いをさせられた俺は、既に依岡兄という存在自体が鬼門になっていた。
 兄に対して弟はとにかく「不思議ちゃん」だ。宮村家の人間の中では口数が少ない方だし、兄のようにやたらとスキンシップを図りたがる性格でもない。病的に痩せていて雪のように白い肌をしている。そして趣味は意外にも活け花だ。何故か着物の着付け方も知っていたが、それは多分、兄の悪趣味に付き合わされた結果とみて間違いない。
 そんで一番問題なのが、この度二十六代目組長になった宮村だ。
 人にくだらない嫉妬をするな、と言っておきながら、自分はいつでもどこでも俺の周囲の人間に目を光らせている。
 いくら友達だって唾飛ばして力説しても、納得させるには骨が折れる。
 そんな宮村家の特殊な事情を知る由もない拓海でも、さすがにヤクザに真っ向から首を突っ込みたいとは思わないだろう。
 興味本位で来てみたところで、寿命を縮めるような愚行にしかならないことは、火を見るよりも明らかだった。
「俺はなぁ……あの独占欲の塊が許してくれるかどうかは微妙なところなんだけど」
「でも、いくらお前の恋人だからって、交友関係まで口出しするような義理でもないだろ。仲のいい人間との付き合いを邪魔されたら、誰だって嫌に決まってんだから。言えば折れるよ、多分」
「そうだよなぁ」
 俺はのんびりそう言ったけど、拓海は何だか焦っている感じがした。きっと気のせいだろうけど。
「ま、たまにはあの非現実的な空間から逃れる口実でもあれば助かるし、宮村には一応言っとく。もしダメだったら逃走するから、そのときはちゃんと迎えに来てくれよ」
「俺はそれでも構わねぇけど、訊かれたらちゃんと事情は説明しろよ。俺はまだ死にたくねぇからな」
「もちろん」
 俺はニッと笑って教室へ入った。
 すると、教室内にいた数人が俺達の方に目を向ける。
 が、俺の顔を見たクラスメイトは一斉に目を逸らした。
 ……露骨すぎるよ、毎日毎日。
 毎朝のようにつき続けたためか、溜め息すら出てこなくなった。
 宮村が俺の生活に関わり始めてから、俺の周囲は何処となくよそよそしい。
 雰囲気で、俺がどんな人間と付き合っているのかを察しているみたいで、特に黒ベンツの送迎が日常化してからは誰も自分から声をかけてこようとはしない。
 唯一宮村と会う前と後で態度を変えなかったのは拓海だけだった。
 それは単に拓海の、一般人にはとても持てたもんじゃない図太い神経のお陰なんだろうけど、変わらない態度で接してくれている拓海には本当に感謝している。
 俺は普段通りに自分の席に座って、拓海は一度鞄を自分の机にかけてから俺のところに来た。
「この露骨なまでの引きようは、もうイジメの域だな」
「仕方ねぇ。誰だって、自分の身は可愛いんだから」
 お前と違って、と俺は暗に「お前だけは俺のことも考えてくれるいい奴だ」という意味を込めて言った。
 する拓海は一瞬自嘲的な笑みを浮かべたかと思うと、俺の言葉に何の突っ込みも入れずに呟いた。
「そうだな……誰も、自分の身は可愛いもんだよな」
「……拓海?」
 風邪、まだ全快じゃねぇのか、こいつ。
 いつもなら「俺だって自分の身は可愛いに決まってんだろ、アホ」くらい言って、俺の頭を叩くとかするのに。
 様子が何となくおかしいと思って顔を覗くけど、丁度そのとき始業のチャイムが鳴って、拓海は自分の席へ戻っていった。
 何だ、拓海の奴……。
 俺は派手な音を立ててドアを開けて入ってきた担任に見向きもせず、ただ拓海を目で追っていた。
 それでも、一限の授業が終わる頃には、拓海の様子が違うのも、不調が続いてるせいだと結論づけて、気にならなくなっていた。


 俺が長谷川さんの迎えで宮村家につくと、部屋の中…というかもはや家全体が何かいい匂いがしていた。
 誰の趣味だか知らないけど、こんな家に芳香剤なんて置くだけ無駄だと思うんだ。
 全然、雰囲気と香りが合ってないし。
 廊下を歩いて離れに向かう途中、俺は依岡兄弟と数人の組員が、中くらいのダンボール箱をせっせとトラックの荷台に運んでいるのを見て、前を歩いていた長谷川さんに何事か訊ねる。
「あのさ、みんなして何運んでんの?」
 すると長谷川さんは立ち止まって、ただのゴミ捨てです、と言った。
「ふ〜ん……」
 ただのゴミ捨てで、あんなに大量の、しかも微妙な大きさのダンボール箱使って、トラックで運び出すんだろうか?
「あ、わかった。家中にある芳香剤捨てたとか。誰の趣味か知らないけど、どこでも匂ってくるし、ちょっとしつこいと思ってたんだ」
 俺は手をぽんと叩いて笑いながら言うと、長谷川さんはやけにきつい目でそのダンボールの山を睨んでいた。
 でも次の瞬間にはすぐにいつも通りの顔で、困ったように装いながら「そうですね」と苦笑いを浮かべた。
 今、俺は幻覚を見たんだろうか。
 一瞬、人を視線だけで殺せそうなキツイ目の怖い人に見えたんだけど。
 でも、すたすたと歩いていく長谷川さんの後ろ姿はやっぱりいつもと同じで、ただの気のせいだと思って考えることをやめた。
「それにしても、誰が置いたんだろ、あんなに大量の芳香剤」
 俺の中では、あのダンボールの中身は芳香剤で、誰かが大量にどっかから貰ってきたものを部屋という部屋に置いたけど、結局匂いがきつすぎるという苦情が多かったために処分されることになったっていう感じになっていた。
 にしても、誰が何でそんな大量の芳香剤なんて貰ってくるんだ? 宮村は全くそういうの興味なさそうっていうか、人工的な芳香はむしろ嫌いそうだし。
 依岡弟なら、まだ少しは理解できるかもしれないけど、深窓の令嬢っぽくてあまり表立って目立つこともなければ、宮村の仕事を手伝っている感じもない。
 依岡兄の突拍子な奇行……っつっても、さすがにその他大勢に迷惑をかけるような真似はしないはずだし。……本音で言うなら、俺にだって迷惑かけて欲しくはないけど、にっこり笑って「嫌」と言われるのは安易に想像がついた。
 宮村よりも、最近は特に依岡兄のイヤガラセが多いんだよな。
「って、そんなこと考えてたんじゃねぇっつの」
 自分で軌道修正してみたはいいものの、結局答えは出てこなくて、手っ取り早く、宮村に訊いてみることにした。ついでに、拓海のことと、長谷川さん……というか組員の俺の呼び方について話しとこう。
 朝はいなかったけど、今日は早めに帰ってきているらしい。
 今は組の報告会議をやっている時間だから、あとちょっとしたら離れに戻ってくるはずだ。
 俺は半袖Tシャツと、紺地に黒いラインの入ったハーフパンツに着替えて、宮村が戻ってくるまでゴミ捨てを手伝おうと思い、廊下に出た。
「お、りっくん、お帰りー。どこ行くの」
 ゲッ。
 俺はそこでばったりと依岡兄に出くわしてしまった。
 別に何も疚しいことはしてないし、慌てることも避けることもないんだけど、俺にとってはもう鬼門だし。仕方ないと思う。
「いや、何かみんなゴミ捨て大変そうだったから、手伝おうかなーと思って」
「もう終わったよ。さっき、若い衆がトラック持ってった」
「あぁそう」
 こうやって普通に接されると、以前から積もりに積もった恨みつらみをぶちまけたくても、何となく出来なくなる。俺一人、何でそんなにカリカリしてんだろって、バカみたいに思えてくるからだ。
 ここの家の人間は、ろくでなしなだけでなく、俺に対してはとことん卑怯だと思った。
 俺は部屋に戻ろうと思ったけど、宮村を待っている間は暇だったから、飲み物を取りに行こうと冷蔵庫の置いてある部屋へ向かおうとすると、後ろから依岡兄が思い出したように言った。
「あーそうだ。今ジンの奴、ものすっごく機嫌が悪いから、今日は話しかけたりしない方がいーぞー」
「……はぁ?」
「だから、酷い目に遭いたくなかったら、しばらくはあいつに近寄らない方がいいって言ってんの。冗談じゃなく、本気で」
 依岡兄はいつになく真面目に言ってくる。またいつもの悪ふざけかと思ったけど、心配そうに俺を見る依岡兄の目が気になった。
「何でさ」
「それは俺の口からは言えない。でも、もし話したいことがあったら明日か明後日くらいにしといた方が身のためだってことだけは確かだからなぁ」
「何か、深刻にヤバイことでもあんの?」
「あんまり俺達には関係ないけどね。……ジンの悪い予感ってのは当るもんだ」
 意味わかんねぇよ、何だソレ。
 やめておけ、と念を押す依岡兄の言葉に、一抹の不安を覚えた俺は自分から宮村に話しかけるのはやめにしておくことにした。
 もし大丈夫なら、俺から近づかなくても毎日あいつから近寄ってくるんだからな。そん時に全部話せばいいと思っていた。
 数時間後、そんな俺の考えは甘かったと思い知らされることになった。
 宮村は夕飯の時も一人だけ席を外し、俺達とは一緒に食べないようにしていた。そして俺が風呂に入ったり、テレビを見たり、部屋でごろごろしているときも、宮村は俺の部屋に乱入することもなければ、寝ている間に夜這いしてくることもなかった。
 宮村と会って一ヶ月以上経ったけど、宮村が俺に一日中顔を見せない日は今までになかった。必ず俺が一人でいるときとかは部屋に乱入して押し倒してきたりしていたあの性欲魔人でスケベで人の都合も考えないままやりまくる宮村が、俺に声をかけるどころか、顔すら見せないなんて。
 多少なりとも、不安を覚えるのは当然だと思う。
 俺は次の日の朝になって、昨日に引き続いて送迎をしてくれた長谷川さんに宮村の状態を訊ねた。
「うーん……心当たりがないと言えば嘘になりますが、坊ちゃんの名誉のために私は何も言わないことにします。機嫌が悪いのも、そのうち直るでしょう。大人なんですから」
 にっこりかわされてしまった。
 わけわかんねーよ、ますます。
 そういえば、俺の呼び名のことはどうなったんだろ。
 すると俺の心の中がわかるとでも言うように、長谷川さんは答えた。
「呼び方のことですが、坊ちゃんに許可は貰いましたよ。ちゃんと、理人さんが気にしていたことはわかっていたようですから。逆に、『坊ちゃん』の方を改めるように言われてしまいましたしね」
 まぁ確かに、いい年した男で、しかも組の頭である人間が今時「坊ちゃん」なんて呼ばれてたらさすがに恥ずかしいだろうしなぁ。
 その辺はちょっと宮村に同情したくなった。
 けど、そこは年長者としてのささやかな威厳の表れなのか、それともただの好みなのか、慣れは仕方ないと、諦めてもらったらしい。
 それで宮村を納得させられる長谷川さんはすごいと思う。
「坊ちゃんは不器用ですが、大切な人を大事にする方法は知っていますよ」
 俺のことを本当に大事にしてくれているっていう意味で言われたのは確かだ。
 バカ組長ーっ、恥ずかしいのはこっちだっつーのぉぉッ!
 俺は真っ赤になって、学校の前で止まった車から飛び出した。


This continues in the next time.
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