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4、最悪の目覚め


「―――――」
 俺は隣でスースーと気持ち良さそうに寝息を立てている男を見て目覚めたとたんに青ざめる。
 朝日が眩しいよ……全く。
「おい―――」
 おい、○○と声をかけようとしてハタと気付く。そういえば、俺こいつの名前知らねーぞ。
 って……俺は名前も知らない男に食われちゃったのか…?
 まるでエンコーだ。エンコじゃなくエンコーだ。エンコのがまだマシなくらいだ。でもどっちにしろ痛いのか。
 もうよくわからない。わかるのは、この隣にいるヤクザの家の人間に散々いいように弄ばれたってことくらいか。
「このヤロ……」
 最早兄貴の電話なんかどうでもよくなってしまった俺は、とりあえず全裸のままで目覚める様子のない男の体を思いっきり蹴ってやった。
「……随分と、手荒いモーニングコールだな」
「うっわぁ!!」
 寝ていると思っていた男は俺が太股辺りを蹴った瞬間にぱちっと目を開いて、がしっと手首を掴んできた。
「アレだけやったのに、まだ教育が必要だな」
「何のだよ、何の! 手ぇ放せっ」
 俺はブンブンと乱暴に腕を振り回して、外れた途端にガバッと起き上がる。けれどそのままベッドから飛び降りようとした俺の体を鈍痛が走り、思わず不安定な態勢で動きを止めてしまったせいで、見事にベッドから落ちてしまった。
「……何してんだ?」
 むっくりと起き上がって無様にもベッドから落っこちた俺を見物する男。
 ヒリヒリと痛む額と腰の…もっと下辺りを押さえて泣きそうになりながらも睨み返してやる。
 この野郎。お前のせいだ、お前の!
「俺に自分の失態を視線で押し付けるのは勝手だがな理人、その格好から気にした方がいいんじゃないか」
「え……あっ!!」
 そうなのだ。昨日の夕方に服を全部剥ぎ取られたおかげで、俺は今何も身につけていない状態だ。
 慌てて自分の洋服を探すけど、男の部屋には俺の制服がどこにもない。
「服! 俺の服はっっ」
「その辺に落としたままにしてたら皺が寄っちまったから、クリーニングに出してある」
 あぁ、そう。ご丁寧にどうもすいません…俺の財布がさびしい状況で、丁度クリーニングに出したくても出せなかっ……じゃなくて!
「何で勝手なことすんだよ! 俺今日も学校で、上着とかも着るんだぞ!」
「代えくらいあるだろう」
「あるか、んなもん!!」
 ただでさえ、一人暮らしで切り詰めてるって言うのに、制服を予備で持っておくなんてあり得ない。ってか、一般家庭でも制服は一着しか買わねぇだろ。
「朝からガミガミ煩い奴だ。その華奢な体のどこにそんな元気があるのやら……」
「お前がそうさせてんだ! 大体何なんだよ、昨日からっ。気に入ってるとかわけのわからない理由を並べ立……」
 それならもっとガミガミ言ってやる! と言わんばかりに捲くし立て始めた俺に向かって、男は人差し指をつき立てて怖い顔をして言った。
「お前とか、てめーとかナシ。俺は宮村ジンだ」
 ジンってな、カタカナのままなんだよとわざわざご丁寧に説明まで付けて下さるこいつの名前なんて、俺は知りたくもなかったけどな。
 宮村ジン…これが俺のテーソーを見事に奪ってった男…つーことはホモ…だ。んー、あれだ、日本じゃ一般的に認められていない恋愛に走ろうとする奇特で危ない人だ。
「ほら、呼んでみろ」
「……俺はペットか」
 理由もなく呼ばせようとする宮村に牙を剥く猫のごとく突っぱねる。
「理人…ホンッとに突っぱねるの好きだよな。素直にしようとか少しは思ってくれよ」
「なっんっで、俺がアンタに素直でいなくちゃいけねーんだ」
 とか反論しつつ、素っ裸はさすがに恥ずかしかったので、布団の端をぐいぐいと引っ張って体を覆う。
「それがお前にとって俺に対する唯一の防衛手段だからに決まってんだろ。俺はそうやって反抗されるとな、とことんまでメチャクチャにして、服従させたくなるんだ」
 そういう形でお前を俺のものにするってのも、楽しそうだな…なんて不敵に笑いながらサディスティックに言われた日には――俺は大人しく口を閉じるしかなかった。
 こ、これ以上何かをされる余裕が俺にはない。
 逃げたいけど、逃げられない雰囲気が俺と宮村の間に漂っていたりしてる。
「そそそそーだ! 今何時!? 学校行かないと……」
 けどっ。男に食われたとしても、立派な男子高校生。勉強が仕事の俺にとっちゃ、こんなところにいるよりも学校の方が大事だしっ!
 でもあっさりと阻止される事に。
「今日は休め。制服も出したばかりだし、その体じゃ授業も集中できなくて当然だからな。んでもって、ここにいろ」
 宮村は昨日と同じように今度はベッドをポンポンと叩いて俺を誘う。その行動にカチンと来るが、それでもさっきの末恐ろしい言葉が生々しく頭の中に残ってるせいもあって、まともに返す事が出来なかった。
「な、何もしないなら……そっちにいてやる」
「さぁ、どうかな。それに日本語は正しく使え。今理人は俺にものを言える立場じゃないだろ?」
「何でだよっ。俺が何か悪いことしたか!」
「悪いことはしてないな。でも……っと」
 と言いかけて、宮村は上体を起こすと、俺が必死になって手繰り寄せていた布団をガバッと持ち上げて俺から取り上げる。
「わわわわわわっっっ」
 いきなり裸で宮村の眼前に曝される格好になった俺は慌てふためいて何とか布団にしがみつこうとするけど、腰の痛みが俺の動きを止めて、結局そのままに…。
「……でも力じゃ俺の方が数段上なんでね。体力にも十分自信はある。一日中、色んな体位で弄ばれたいっていうのなら、遠慮なく抵抗してくれて構わない」
 それって抵抗する意味ないじゃん…。
 でもでもでもっ、いくらなんでもそれは横暴すぎ! 理不尽だっつの!!
 って、怒鳴り散らせたらどんなにスッキリするだろうか。……宮村が俺にすることを考えると、どうしても出来ない。ぜってーこいつは「有言実行」タイプだ。
 俺をベッドに戻そうと、じりじりと裸のままで恥ずかしげもなく迫る宮村に、片方の手で股間を隠し、全体を使って床を後ろに移動する。
 た、助けてぇぇえっ! このままでは、俺は本気でこの綺麗だけど中身最悪な男にいいようにされてしまう〜〜〜〜っ!
「早く、こっちに来いって」
「嫌だって全身で訴えてるのがわからねーのか、この変態。朝っぱらからサカりやがってっ」
「いいから大人しくしろって」
「断固拒否する」
 態度&言葉での押し問答がいつまでも続くかに思えたが、それはノックの音であっけなく終わる。
「ジン、朝飯だって」
 ドアの向こうから響いてくる声は若々しくて、俺がこの家(というより、屋敷)で見た黒一色のごついおじさん方とは思えなくて少し驚いた。
 いや、もしかしたら人並みに声帯が発達してないだけで、実は三十代後半のオヤジかもしれないし……。
 そんなメチャクチャな思考を頭の中に巡らせていた俺の頭上で、宮村はやや不機嫌な声で応対した。
「今取り込み中だ。飯は後で俺が取りに行く」
「んなこと言ってもよ。ジンの親父さんが呼んでるんだって。お前が昨日連れ込んだ、そこにいる可愛い男の子絡みなんじゃねーの?」
「――――っ!」
 まるでドアを見透かしているかのような口調に俺は大いにうろたえて、声なき悲鳴を上げたあとで五十センチもなかった宮村との距離をざっと三メートルほど開けた。
 出来ることなら、こいつの姿が見えなくなるくらいまで遠ざかっていたいくらいだけど、部屋ン中じゃ間を開けるにも限界がある。それでも、部屋の中心辺りにいる宮村から数メートルも間を開けられるなんて、憎らしいくらい広い部屋だな……。
「……わかった」
 さすがに自分の親父の言葉には弱いのか、渋々ながら立ち上がる。……相ッ変わらず、見た目だけは綺麗だよな、この男。
 男でもOKってトコからして、もう中身は最悪だし、その上相手を服従させたいときたもんだ。明らか恋人とかに愛想つかされそう……。
「中入るぞ」
 と、そのやけに若々しい声の人物がドアを開けて入ろうとしてきた。俺は常識では考えられないくらいのスピードでベッドの中に潜り込んだ……顔だけは間に合わなかったけど。
 その時、宮村は丁度ジーンズを穿いたところで、俺みたいに隠れるようなことはしなかったが……。というか、素っ裸を見られても動じなさそうだな。
 それから部屋に入ってきた人物を確認する。俺の馬鹿げた思考は、一瞬のうちに崩れ去った。何ていうか……声が年相応だってわかったので。
 その人はもちろん男で、褐色の髪に同じ色の瞳が印象的な好青年だった。年はきっと宮村と大して変わらないんだと思う。
 そいつは宮村より先に布団に潜り込んだ俺を見て、クスッと笑いながら挨拶をした。
「初めまして、東くん。俺、依岡涼一。訳あって宮村組の若に拾われて、この家に弟と居候してますヨロシク」
 軽くウィンクを投げかけられて、俺はどうしたらいいのかわからずにジッと依岡を観察しながら、不必要なことを考えていた。
 若って事は…宮村のことだよな? 昨日大勢にそう呼ばれてたし。何で同年代の人間を拾うんだ。拾えるんだ。
 そして思う。……どうしてこの家は美形率が高いんだ? きっと弟もそれはそれは綺麗な面立ちをしていらっしゃることでしょうねぇ。
「いい加減理人から離れろ。この変人」
 糊のきいたシャツに腕を通しながら、宮村は依岡を軽く睨みつけて言った。――いや、アンタこそ、人のことを言えないのでは……?
「そっちこそ、こんないたいけな男の子連れ込んで、立派な変人だろうが。ロリコン趣味」
 は? いたいけな男の子って、俺高校二年なんですけど。バイク免許だって持ってる十七歳なんですけど。
「フン。現在進行形で、近親相姦してる奴よりはマシだ」
 キンシンソウカン……? なんだそりゃ。
 意味のわからない言い争いをいきなり目の前で繰り広げられて、俺はどうすればいいのかわからずに、布団の中に頭ごとすっぽり隠れた。
「とにかく、中に入ってまで何の用だ」
「何だとは失敬な。俺は東くんの為に代わりの服を持ってきたんだぞ。感謝して欲しいくらいだ」
 と、ボスッと被った布団の上に何かが投げられた。そろりと布団の端から顔を出して確認すると、ハーフパンツとTシャツがきれいにたたまれたまま放られていた。
 ――――誰の? まさか買ってきたわけじゃあるまいし……。もしそうならもったいないし。
「あぁ。それは弟のだから、多分東くんもサイズは合うと思うよ」
 またしても、今度は心を見透かしたかのように付け加える依岡。
「感謝なんか…言えば俺が取りに――――」
 ムキになって反論し始めた宮村と、まだやるかと呆れ顔になりながらそっちに顔を向ける依岡に向かって俺はボソリと呟いた。
「あの〜〜〜〜〜。着替えたいんで、喧嘩は外、でやって…欲しいんですけど」
 その一言で、熱は一気に冷めたらしい。


This continues in the next time.
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