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 言われたことしかしていなかったため、俺は上を着たままだということに気付いたが、長谷川さんがシャワーのお湯を先にかけてきたせいで服ごとずぶ濡れになってしまった。
「わっぷ……まだ…服、着たままだったのに―――んんっ」
 小さな文句は有無を言わせず重ねられた唇に吸い取られ、次第に深くなる口付けに頭がぼんやりとしてくる。
 荒々しく口腔内をかき回す舌の感覚が予備的な刺激によって普段よりも敏感になっている口腔内の性感帯をなぞるたび、ゾクリと何かが背中を伝って、長谷川さんの肩に形だけ置いた手に時折力がこもる。
 いつの間にか腰に回されていた手に抱き寄せられて、魂を吸い取られそうなほどキスは長く続いた。
「んぅ……は、……っぁ…」
 鼻呼吸でも苦しいぐらいで、解放を許された口から荒い息を繰り返した。長谷川さんは湯を出しっぱなしにしたままシャワーノズルを壁にかけて、優しい声音で言った。
「俺は男を相手にこういうことをしたことはない。拓海さんは嫌だと思うかもしれないが、女を扱うようなそれになってもいいか」
 濡れた手で俺の頬に触れた長谷川さんに、俺は頷いた。
「……俺だってそうだよ。どうしていいか、どうされてていいのかも、よくわからない。でも、長谷川さんがそれでいいなら、俺は大丈夫だから」
 触れてきた手に自分の手を添えて、本心を伝えると、長谷川さんはもう一度、今度は触れるだけのキスをした。
 腰に添えられた手が濡れた服の裾をするすると押し上げるのに、俺はすぐ服を脱いで、長谷川さんと同じ全裸になった。
 人に裸を曝すのが初めてだとは言わないが、全身を彫刻品を観賞するようにじっくりと見る視線を痛いくらいに感じて恥ずかしくなる。
 俯いた途端目に入った快感に正直な部分にさらに赤くなって唇を噛むと、長谷川さんは「綺麗な体だ」と言った。
「どこが……」
 理人のように部活で体を鍛えているわけでもなく、適度に運動はしているが、それでも体力維持程度の量しかこなしていない俺は、痩せ型ではあるが綺麗というよりは貧相としか思えない体つきだ。
 そんな俺よりも、長谷川さんの方がよっぽど綺麗で羨ましい体躯をしている、と思って見やった先に、古い傷痕があった。
 どうしたの、とも言えないほど、その痕を残した傷が想像もできないほど深いものであるとわかり、一瞬顔が強張る。
「その、痕……」
「ずっと昔の古傷だ。今は……余計なことを考えるな」
 俺が注視しているものに気付いて、長谷川さんは短くその先の言葉と思考を遮る。
「でも……、っ」
 それ以上はもう話を続けようとはせず、長谷川さんは俺を黙らせるように首筋を軽く噛んだ。
 ピリッと走った痛みに、長谷川さんが今、会話を望んでいないことを感じ取って、俺も何も言わないようにした。
 首筋から鎖骨、肩口と、滑らせるようにキスを落とされる。
 くすぐったい、むず痒いような感覚がこの行為のぎこちなさを表しているようだった。
 思わず笑ってしまいそうになったが、するすると唇がおりて胸の突起に辿り着いたとき、くすぐったさとは少し違う感覚を覚えた。
「……っ、ちょ……」
「女を扱うようにしかできないと言っただろう」
「そ…だけど、なんか……」
 抗議を半ば無視して続けられた胸への愛撫の感覚は、じわじわと少しずつ変化していく。
 シャワーの水流が浴室の床に叩きつけられる音に混じって、唾液が舌で擦りつけられ、かき混ぜられる音がすると、ぞくりと背中が粟立つ。
 気付くと、中を蹂躙されて薄く開いたままの口から声が洩れていた。
「あ……っぁ…、く……」
「……いいか?」
 屈んで胸を愛撫していた長谷川さんは、ふと顔を上げてそんなことを訊いてくる。
 唾液に濡れた胸が艶を帯びていて、そこに唇を寄せながら普段と逆に長谷川さんから見上げられている。その光景が自分が思っていたよりも卑猥に見えて、耐え切れずに顔を逸らしてしまう。
「……よくないのか?」
 クス、と笑い混じりに答えを迫る長谷川さんの顔も直視できず、首を左右に振るだけで答えた。
「じゃあ、いいのか? はっきり言わないと、わからないだろうが」
「……い、から…あんまり……見んなよ…っ」
 視線を感じるだけで首まで赤くなっていくような気がして、ぶっきらぼうに返した。
「可愛いんだな」
「うっさ……ぃ、ぁ…っあ」
 からかうように言われて悪態を吐こうとしたとき、今まで舌の感覚だけが這っていた場所に歯を立てられて、びり、と小さいが鋭い感覚が走る。
 もう片方も、指の腹で潰され、時々爪で引っかかれて、その感覚は確かな快感に変わっていた。
 とはいえ、元々乳首での愛撫で快感を得ることに慣れていない体にとっては、些かもどかしいだけだった。
 じくじくと体の中心で疼くものに、もっと確かな刺激を求めて、俺は執拗に胸を愛撫する長谷川さんに懇願した。
「っ、ぁ…せがわさん……そこ…も、いいから……はやく触って……」
 逃さないとでもいうかのように俺の腕を掴んでいたもう片方の手を剥がし、既に半勃ち状態の自分のものに押し付けた。
「もうこんなにしてるのか。まだ、これからだっていうのに」
 顔を上げ、耳元に口を寄せて囁かれた低い声音は、断続的に弱い快感を与えられてぐらぐらと煮立った頭に酔うほどに響いた。
 余裕な口調の長谷川さんに対して、俺は反抗するほどの力もなく、長谷川さんの肩に額を押し付けて「頼むから……」と言うのが精一杯だった。
 長谷川さんは押し付けたほうの手で屹立を握り込むと、上下に擦るように動かした。
「ん……あ…ぁっ……ぅ」
 待ちわびた刺激を与えられて、自分でも出したことがないような掠れた声が洩れた。
 半端な状態で触られもせずにいたそれは、すぐに完全に勃起して、先端から先走りが滲み始める。
 硬い感触の大きな手は溢れ出た液を全体に塗り込めるようにしてさらに強く扱き、時折先端に爪を立てた。
「っあ……ぁあ……あ!」
 一番弱いところに爪なんてものを立てられたら、俺だってたまったもんじゃない。頭の中を突き抜けるような感覚が背中から一気に走り抜けて、足ががくがくと震えだす。
 両手で長谷川さんの肩に掴まらなければ立っていることもできなくなって、鍛え上げられた体に縋るように寄りかかった。
「もう限界か。随分と早いな」
「…かって…なら……訊くな……っ」
 そりゃそっちはいいよな、俺はどうしていいかわからねぇし、わかっていたとしても最初からこのペースじゃどうしようもない。
 次は覚えてろ……と思えるのは心の中だけで、現実には一刻も早く溜まった快感を解放したくてたまらなかった。
 何振り構わず、短い言葉で欲求を口にする。
「も、イカせて……」
 長谷川さんは小さく頷くと、俺の望みをすぐに受け入れて、手の動きを速めた。
「ぅあ…っあ…ぁ……んぅ……っ!」
 緩やかに、だが他人の……恋人の手で触れられて限界まで張り詰めていた欲望はあっけなく弾け、俺はその瞬間に全身の力が抜けてかくんと膝を折ったが、長谷川さんがすかさず支えてくれた。
「大丈夫か?」
 上体を支えられたまま、全力疾走をした後のように切れ切れに息を繰り返していると、心配そうな声が頭上から聞こえてきた。
 正直、立てなくなるまで感じたことは今までになかったせいで、大丈夫と訊かれればそうだと言えなくもないが、達した余韻が強くて内股は痙攣しているし、足には力が入らない状態だった。
 この体勢だと、体重がかかって長谷川さんが重たがるだろうと思い、とりあえず体を離してバスタブの縁にでも腰掛けようと身じろぐ。
 だがその時、不意に長谷川さんの中心に視線が移り――意識をしていなかったから余計に――一山越えてせっかく元に戻りかけた体温がまたも上がってしまった。
 俺の思考を軽く凌駕して、圧倒されてしまうほどの質量をもつその欲望を前に、ごくりと唾を飲み込んだ。
「…………っ」
「怖いか?」
 長谷川さんは熱く滾ったそれを隠そうともせず、片膝をついて、バスタブに腰掛けた俺の顔を覗き込んできた。
 慌てて首を左右に振ると、ふっと口元をゆるめて、長谷川さんは多少強張っていた俺の頬に触れながら言う。
「たとえそうだと言われても、止めてやれないがな」
「……わかってる」
「いい覚悟だ」
 頬に触れた手で濡れた頭をくしゃりと撫でられると、緊張がするするとほどけていくような感じがした。
 大きな温かい手。俺を命がけで守ってくれたその手は、何よりも俺に安心感と幸福な気持ちをもたらしてくれている。
 また、胸が締め付けられる。
 この人が好きだ。そんな感情が、ダムが決壊でもしたかのような勢いでみるみるうちに俺の体を満たしていく。
 それまでだって、十分そう思っていたはずなのに、溢れそうになるそれは、見えない原動力となって俺を突き動かした。


This continues in the next time.
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