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 頭を撫でてくれていた手を「もういいよ」と自分から離すと、硬い皮膚と節ばった指にそっと口付ける。
 手のひら、手首と、肘まで伸びる太い血管を辿るようにそれを繰り返し、脂肪なんて見当たらない二の腕まで唇を滑らせる。
 一方で、胸板や割れた腹筋を辿って、その下にある欲望にそろりと触れる。大きさこそ違うが、基本的には自分と変わらない構造だということは十分理解している。それでも直接目にする勇気がなくて、手探りのまま、無遠慮に手を這わせる。
 肩口で動きを止めていた俺は、長谷川さんがすぐ横で小さく息を詰めたのがわかった。
 要領はわかっているものの、慎重に緩慢な動きを繰り返して様子を窺うと、呼吸はさほど変わらないが、手の中のものは徐々に硬度を増していった。そのうち、シャワーの湯と違う感触の液体が手の動きを滑らかにしていく。
 外からでははっきりとわからなくても、ちゃんと俺と同じように気持ちよくなっていることがわかって、嬉しくなる。
 長谷川さんは何も言わずにされるがままになっていて、俺はさらに体への愛撫を続けた。
 自分より二十以上も年上で、身長差にもかなりの開きがあるような相手に愛撫というのも、変な感じがする。
 そんなことを思いながら腕の付け根に口付けたとき、それまでとは明らかに異なった皮膚の感触に、ふとその部分を見た。
 そこには長谷川さんに触れられる前、偶然目に入った古傷があった。
 何か細く硬いもので一点を貫かれたような、そんな印象だったが、すぐに銃で撃たれたのではないかと思い至る。
 一般では考えられないが、裏の、特にやくざなんていう世界では、稀だとは思うがないわけじゃない。
 真皮に達した傷は、一生涯残ると生物の授業で教わった。銃の場合、ほんの少し掠めただけでも痕になるとも聞いたことがある。それをまともに食らったら、一体どうなるのか、俺には想像もつかなかった。
 その想像もつかなかったものの答えが、今、愛しい人の体に刻み付けられている。
 糊のきいた白いシャツが血で赤く染まり、苦悶の表情を浮かべる長谷川さんが脳裏を過ぎった。
 それは、今となってはどうしようもないことだとわかっている。
 どんなに痛かったのだろうか、そのとき長谷川さんは何を思っていたのだろうか。
 それを読み取ろうとするかのように、そっと傷痕に舌を這わせた。
「……っ!」
 すると下肢に這わせた手の中でびくんと屹立が跳ね、俺は驚いて手を離した。
「い、痛かった……?」
 考えてみれば、古い傷でも、疼くことはある。余計な刺激を加えてしまったことに不安を覚えて訊ねると、長谷川さんは俺の肩に手を置いて、険しい表情を浮かべながらも「いや」と否定した。
「じゃあ……」
「……今の…不意打ちは、効いた」
 苦々しい呟きに首を傾げそうになったが、すぐに何が起こったのかを理解した。
 つまり、その傷は……。
「俺のことはもういい。……四つん這いになれ」
「へ? ……っわぁ!」
 答えに行き着く寸前で、長谷川さんはいきなり立ち上がると、両膝をついた状態の俺の背中を押して、半ば無理矢理四つん這いの格好にさせた。
 長谷川さんが後ろにいるのはわかっているから、俺は今長谷川さんに向かって無防備に尻を突き出していることになる。
 いきなりやられたことに対する不満もあるが、この格好はそれなりに……いやかなり抵抗がある。
「煽ったお前が悪い。それに浴室(ここ)でするんだったら、合理的な体位だと思うが」
「たいっ……。……長谷川さん、軽く人格変わってるから……!」
「そうか? 俺はさっきから、ずっとこんな風だったが」
 ……明らかに、弱点知られたこと根に持ってるよな?
 俺は何の悪気もないのに、これじゃあ割に合わないだろ、と、首をめいっぱい捻って不満を訴えようとすると、長谷川さんがボディソープを手に取っているところが見えた。
「冷たいかもしれないが、これくらいしかない。我慢してくれ」
「それって……っひ、うぁ……!」
 ひやりと冷たい感触が臀部を滑って、口から変な声が洩れた。
 ボディーソープを掬った手は何度か馴染ませるように尻を撫でた後で、後ろの孔に触れてきた。
「………っ」
 普段排泄を目的としたその場所を、男同士の性交で性器として用いることは知っている。だが納得しているからといって、最初からそれを素直に受け入れるのは容易なことじゃない。
 口を開けば不満しか出てきそうになかったため、俺は唇を噛んで黙することに徹した。
「指、挿れるからな」
 短く断りを入れられてすぐ、後孔にゆっくりと細長いものが入り込んできた。
「……っ……ぅ」
 慣れない異物感にひたすら耐えていると、ある程度挿入された指が、内壁を無造作に軽く押しはじめた。
「ん……っ、ぅ…う」
「……きついな」
「…っがない、だろ……一度だって、そんなとこに何かを突っ込まれたことなんて、ないんだから……っ、ぅ」
 ついでに言うと、幸か不幸か座薬の経験もない。
 中で蠢いていた指の感覚にそれでも何とか慣れたころ、一度指を引き抜かれたと思ったら、今度はさっきよりも圧迫感が強くなった。
「……っ、なに…」
「増やしただけだ。これじゃ狭くて、入らないからな」
 言われて、さっきまで手の中にあった熱塊の質感を思い出した俺は、耳まで赤くなった。
 あれが……今たった二本の指でさえ音を上げているようなところに入るって?
 考えられない。
 急に不安に駆られて体に力が入ってしまい、すかさず長谷川さんに「大丈夫だから、力を抜け」と後ろから声をかけられてしまう。
 そんなことを言われても……な。
 言われたように力を抜こうとしても、一度頭を擡げた不安はそうそう払拭されない。
 だが、中で内壁をほぐすように押していた指がある箇所を強く押した途端、今まで感じたこともないような強い快感が体を突き抜けて、全身が跳ねた。
「ん、ぁあ…!」
 ここか、と後ろのほうで聞こえた気がしたが、たった今何が起こったのかよくわからなかった俺は息が詰まるほどの快感に声も出ないまま驚くだけだった。
 何だ…今の……。
「……ぅぁっ…?…あ、ぁ、あ……!」
 何度も何度も内壁の同じ部分を強く押されて、何が何だかわからぬまま全身を貫く感覚に口を閉じるのも忘れて声を上げた。
「今触ったのが前立腺だ。男ってのはここでも快感を得られるようにできてるんだって、どっかで教わらなかったか?」
 教わってはいないが小耳に挟んだ程度で知っている。肛門での性交では、挿れられる側はそこで快感を得ることも。
 そんなことあるのかと半信半疑だったせいで何の覚悟もしていなかったが、どうやら本当のことだったらしい。
 感じたことのない種類の快感にくらくらする頭でぼんやりと考えていると、いつの間にか圧迫感がまた増していて、また指を増やされたのだとわかった。
「…っ、ぁ…ぅ、ふっ…ぁ、あ…っ」
 ボディソープの滑りを借りて、馴染んできた後孔から指がスムーズに出し入れされるようになると、前立腺に擦れるたびに体が跳ねた。
 一度達して萎えていた自分のものも、腹につくくらい硬くなっていて、弱い部分に触れられればすぐにイってしまいそうだった。
 だが長谷川さんはそっちの方には目もくれず、指の動きに緩急をつけながら、中が溶けてしまいそうだと錯覚するほどに内部への刺激を繰り返した。
「……っせが……さ、っぁ……も…ぃいって……っ、う」
 耐え切れなくなって、早く、とせがむ頃には、ビリビリと痺れるような感覚が全身を支配していて、上半身を支えていた腕も上手く力が入らず、腰を掲げるような体勢になっていた。
 格好を気にしていられる余裕もなかった俺は、頭がおかしくなってしまいそうになるほどの長い快楽を一思いに終わらせてしまいたいという気持ちで「……はやく…挿れて」と口走っていた。
 指が引き抜かれ、馴染んでいたものがなくなって違和感を訴える後孔に、比べ物にならないほどの太さと長さの熱塊があてがわれた。
「………ぁ、…ぅ…あ、あ…っ」
 溶けるほどにほぐされた中に、やけどしそうなくらい熱いものが徐々に入り込んでくる。
 ずずっ……と熱い欲望と内壁の擦れる音に、自分の中がだんだんと満たされていくのをリアルに感じた。
「……大丈夫か?」
「……ぁ、つい……っ」
 さっきよりも近い場所から問いかけてくる声に、うわごとのように返した。
 圧迫感が酷かったが、痛みはあまり感じなかった。
 じくじくと滾る欲望の熱で中が炙られているような感じがして、それが次第にじれったい快感に変わっていく。
 もっと強い刺激を欲していた俺の体は、意思とは無関係に内壁を収斂させ始めた。
「……中、動いてるぞ」
「し…るか…っ……ひ、ぁ」
 直接その場所に触れている長谷川さんには内壁が蠢いていることも手に取るようにわかってしまうようで、からかうようにそれを教えてきた。
 言われなくてもわかっている俺にとっては羞恥の種で、ぶっきらぼうに答えた途端、軽く揺すられて声が裏返る。
「っ、い…きなり……、んんっ…ぅ」
 いきなり動くな、と首を捻って言おうとした途端、深く口付けられて、抗議の言葉はそれに吸い取られてしまう。
「…んん、っん……ん、ぅ…んっ!」
 前置きもなしに、キスをされたまま繋がった下肢を揺さぶられ、口腔への刺激と内壁への刺激があいまって、一瞬、酸欠で意識が遠のきそうになる。
「…ん…っぁ……は…っ、…っ」
 キスから解放されて胸を喘がせていると、耳元で低く普段よりも艶が増したような声が響いた。
「……悪い。……こっちも、限界だ」
 余裕のない言葉が吐かれてすぐ、ずる…と欲望をギリギリまで引き抜かれ、間髪を入れずに勢いよく突き入れられた。
「ひ、っぅ……、―――っ!」
 内壁を引きずられ、次の瞬間には最奥を貫かれた俺は、同時に走り抜けた電流のような快感に声にならない悲鳴を上げる。
 内臓が押し上げられているような感覚とともに、頭が真っ白になってしまうほどの衝撃が津波のように押し寄せて、意識を飲み込む勢いで全身に広がっていく。
 無意識に逃げようとして腰を引けば、大きな手が掴んで引き戻し、結果的により深いところまで抉られることになった。
「……っ、…ぁ、ぅ…っ、……っ」
 突き上げられるたびに息が詰まって、だらしなく開いた口から零れるのは、喘ぎにもならない浅い息ばかりだ。
 次第に激しさを増す抽挿に、肉がぶつかり合う音や繋がった部分から洩れてくる濡れた卑猥な音が耳から俺の頭の中を痺れさせる。
 不意打ちのようにするりと手を回され、中心でだらだらと先走りを滲ませていたものに、硬く節ばった指が絡みつく。
「…ッ、ァァ、…ん、あ……っ!」
 既に限界に近いところまで追い上げられていたそこは、絡みついた指が数回上下に擦っただけで耐え切れずに白濁を吐き出した。
 内部に力が入り、長谷川さんの欲望を強く締めつけてしまうと、形だけ床についていた力の入らない手に大きな手が上から添えられた。
「……―――っ」
 そして一際大きく突き上げられた後、どくんと内壁に熱いものが叩きつけられるのを感じた。


This continues in the next time.
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